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レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)

レオナルド・ダ・ヴィンチが生涯を通じて書きとめた内容を書籍にしたものです。上・下巻があり、この上巻では「人生論」「文学論」「絵画論」について書かれています。驚くべきことに、原手記は全て逆文字(鏡文字)で書かれており、その理由は今もって明かされていません。

この書籍を通じて、「万能の天才」と呼ばれるにふさわしいレオナルド・ダ・ヴィンチの理由が理解できます。正直なところ、読み解くのが難しい部分もありますが、語彙力には本当に驚かされます。個人の手記であるため、同じ表現が繰り返され、読者が飽きてしまうことを懸念していました。しかし、実際には内容が次々と変わり、何が次に来るのか予測できないため、読者に常に新たな期待を持たせます。「文学論」の章では、短いながらも全く異なる内容が次々と展開され、その創造力と真理に迫る内容のオチには特に驚かされます。

各章の内容を一部ご紹介します。


自らのことを「経験の弟子 レオナルド・ダ・ヴィンチ」と呼び、自身の仕事が、他人の言葉よりも経験から引き出されているとの内容の記載がある。加えて、経験こそ立派な著述家の先生であると説かれている。

人生論
徳こそ本当のわれわれの財産で、それを所有する人の本当の褒美。失われえるものを富と呼んではならない、徳は失われえない。

人間は大そうな議論をするが、その大部分が空虚でまやかしである。偉大な嘘よりささやかな正確さの方がましである。

自分に富なき悪は、自分に益なき善に等しい。

本来あらゆるものは自己の本質において自分を維持しようとねがう。

快楽を選ぶとしたら、快楽のうしろには面倒と悔恨とをもたらすものがついていることを知っておくがいい。

肉欲をさけて食養生を守れ

わたしは生きることを学ぶつもりであったのに、死ぬことを学ぶのであろうか。

もろもろの壮麗なる物象の中でも、無の存在は首位をしめる。

文学論
蝶と灯。自分の眼の前に官能的で俗世的な快楽をみると、蝶のようにその性質も考えずにそれにとびつく人々、長い耽溺ののち、恥辱と損害とをこうむってはじめてその性質を知る人々にたとえられる。

ある人が友人との交際をやめた。友人が友達の悪口をしばしば言ったから。ある人が述べた理由「君を愛しているからこれ以上君と交際したくないんだ。君は友人のぼくに他人の悪口を言うが、他の人々がぼくと同じように君からいやな印象をうけてもらいたくない。君は他の人々にも君の友人たるぼくのことを悪くいうだろうから。今後、交際しなければ僕たちは敵のように見えるだろう。そうすれば、君が例のとおり僕の悪口をいったところでお付き合いしているほどには非難されないですむだろうから。」

嘘。土竜はとても小さい眼をもち、常に地下に住まっている。暗闇にいるかぎり生きていけるが、光あたるところに出るとたちまち死んでしまう。嘘もこのとおり。

人間の残酷さについて。明けくれ互いに闘争し、いずれにも甚大なる損害をあたえ、しばしば殺しあう動物、地上にあらわれん。世界中の大森林の樹木の伐倒。欲望を飽かさんがため、生きとし生けるものに死と苦悩と労役と恐怖と逃亡とを興うるに至らん。

睡眠。人間がしきりに欲しているのに、それが手に入ったときには知ることができぬもの。

絵画論
辛抱して他人の意見を聴くことを好むがいい。そして非難する人が君を非難するだけの理由をもっているかいないか十分熟考をこらせ。もしありと分かったら訂正せよ。ないと分かったら聞かなかったことにするがいい。われわれは自分の作品より他人の作品にあるあやまちの方が識りやすいということを承知している。
遠近法。絵画の手綱であり舵である。

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